静岡地方裁判所 平成3年(行ウ)4号 審決
原告
松田公一(X)
右訴訟代理人弁護士
大蔵敏彦
同
中村順英
被告
静岡県教育委員会(Y)
右代表者委員長
林茂樹
右訴訟代理人弁護士
堀家嘉郎
同
林範夫
右指定代理人
赤羽勝雄
同
﨑見英夫
同
鈴木善彦
同
吉永清貴
同
天野忍
同
風間忠純
同
加藤豊彦
事実及び理由
第三 争点に対する判断
一 公務員に対する懲戒処分は、公務員としてふさわしくない非行がある場合に、その責任を確認し、公務員関係の秩序を維持するため課される制裁であるところ、地方公務員は、全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、かつ、職務の遂行に当たっては全力を挙げてこれに専念しなければならない立場にあり(地方公務員法三〇条)、また、その職の信用を傷つけ、又は職員の職全体の不名誉となるような行為をしてはならない義務を負っているものであって(同法三三条)、このような地方公務員の職務、責任、官職等の特殊性から、公務員の行為が、一般的に、公務員としての本来の職務を遂行するにふさわしくない者であることを推認させるようなものであるときには、たとえそれが職場外において私的になされたものであっても、地方公務員法二九条一項三号の懲戒事由である全体の奉仕者たるにふさわしくない非行に該当するものとして懲戒処分に付することができると解すべきである。そして、ことにその職場外の行為が犯罪である場合には、公務員に対して社会から寄せられている信用やその名誉を著しく損なうものとして、特段の事情がない限り、全体の奉仕者たるにふさわしくない非行に該当するものとして懲戒処分の対象となしうるというべきである。
他方、右二九条は、懲戒処分として戒告、減給、停職、免職の四種を列挙し、懲戒の手続及び効果は条例によって定めることを規定しているが、処分基準については何ら具体的定めがない。このように画一的な処分基準を設けていないことは、懲戒権者が当該職員に対して処分をなす場合、広範な諸般の事情を総合的に判断し、最も適切な処分をなすことを法が要請しているからにほかならない。しかも、そのような判断は、平素から庁内の事情に通暁し、部下職員の指揮監督の衝に当たる者にして、最もよくなしうるものということができる。したがって、地方公務員につき、地方公務員法に定められた懲戒事由がある場合に、懲戒権者は、懲戒事由に該当すると認められる行為の原因、性質、態様、結果、影響等のほか、当該公務員の右行為の前後における態度、懲戒処分等の処分歴、選択する処分が他の公務員及び社会に与える影響等、諸般の事情を考慮して、懲戒権を発動するかどうか、懲戒処分のうちいずれの処分を選択するかを、その合理的な裁量により決定することができるものというべきである。このことは、当該職員につきその職員たる地位を失わしめる懲戒免職についても妥当するのであり、ただ、同処分が当該職員に対し殊に重大な影響を与えることから、処分の選択に当たっては他の処分の選択に比して一層慎重になされるべきであることが要請されるというにとどまる。そして、懲戒権者が右の裁量権の行使としてした懲戒処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして違法とはならない。また、裁判所が右の処分の適否を判断するに当たっては、懲戒権者と同一の立場に立って懲戒処分をすべきであったかどうか、又は、いかなる処分を選択すべきであったかについて判断し、その結果と懲戒処分とを対比してその軽重を論じるべきではなく、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法であると判断すべきものである(最高裁第三小法廷昭和五二年一二月二〇日判決・民集三一巻七号一一〇一頁、同小法廷同日判決・民集同巻同号一二二五頁参照)。
二 以上の見地から本件をみるに、前示のとおり、本件処分の処分事由事実である原告の火薬類不法所持の事実については、本件処分時には原告は逮捕・勾留を経て起訴されたに止まっていたが、その後刑事裁判においてその事実が認定され、罰金八万円の有罪判決が確定しているのであり、本件訴訟において当事者はこれを争ってはいない。そうすると、原告の本件火薬類所持事件が犯罪を構成することをもって地方公務員法三三条に違反し、二九条一項一号、三号に該当する事由があるものということができる。
そこで、問題は、右事由につき被告が原告に対する懲戒権を発動し、かつ、その処分として懲戒免職を選択したことが合理的な裁量権の範囲内といえるか、あるいはこれを逸脱するものであるかという点にある。前記のとおり、懲戒処分は、当該公務員の非違行為の責任を確認し、公務員関係の秩序を維持するため課される制裁であるから、その行為の刑法的側面にのみ注目して処分がなされるべきではなく、その行為が社会一般の目から見て公務秩序の維持及び国民全体の奉仕者としての公務員としてふさわしいか否か、官職の信用を傷つけ官職全体の不名誉になることはないかという観点からなされるべきものであって、裁量権の濫用の有無もこの観点から検討されるべきことになる。
三 事実関係
前記事案の概要に示したもののほか、次の各事実が認められる。
1 原告の本件火薬類の所持の態様等〔証拠略〕
(一) 本件火薬類の発見時の状況は、実包は二個ないしは三個に小分けしてハンカチに包まれ、銃用雷管は二個のプラスチック又は紙製の箱に納められていた上、タオルに包まれており、これらは「あられ」菓子のブリキ缶に入れられてガムテープで一巻きされ、他方、無煙火薬はビニール袋に入ってブリキの茶筒に納められた上、テーブルクロスで包まれており、これらが蓋のない発泡スチロール製の容器に収納されて、不要品等も雑然と収納されていた原告方一階台所の階段下の物入れ奥に収納されていたが、原告は、前記昭和五五年四月の袋井商業高校から焼津中央高校への転任に伴う転居に際しては、自ら、衝撃を与えないように実包や火薬在中の茶筒をハンカチやテーブルクロスで包み、さらに発泡スチロール製容器内の空間部分に布か本などで埋め合わせて動かないようにガムテープで固定した上、運びやすいようにひもを掛けて梱包し、転居先に到着後も自ら荷解きをした後、右場所に置いた。
(二) 右火薬類は、原告がクレー射撃をしていた当時に適法に購入したものの残火薬であり、事件発覚時に少なくとも入手時から一三年以上を経過していたものであるが、保管状況が火薬の性能保持に適していたため、ほとんど性能が劣化しておらず、実包、雷管、無煙火薬とも火薬としての性能を正常に有していた。
(三) 本件火薬類中、無煙火薬は、銃やロケット等の推進用に用いられるが、爆発物として利用することも可能であり、昭和四三年に起きたいわゆる横須賀線電車爆破事件では、無煙火薬三五グラムをガス管の三方継手に封入した時限装置付の爆発物が爆発し、一〇数人の死傷者を出した。他方、無煙火薬は、二五〇グラムの缶入りが五〇〇〇円程度で市販されており、原告がクレー射撃をしていた当時でも一缶一二〇〇円ないし一三〇〇円程度の価格であり、都道府県知事から火薬類譲受許可を受け、又は鳥獣捕獲登録を有する者が鳥獣捕獲の目的で通商産業省令で定められる数量の範囲内(登録の有効期間につき火薬六〇〇グラム、銃用雷管又は実包三〇〇発以内)であれば、入手することができた。
(四) 原告には、猟銃所持の許可が失効し、所持していた散弾銃を銃砲店に譲渡したため残火薬類を消費することを要しなくなった以後においては、格別これを他の目的に使用しようとする意思や、ましてや不法目的に使用する意図などは全くなく、漫然とこれを放置し、教職員住宅の転居に際しても漫然と引っ越し荷物に加えて運搬し、転居後も漫然と保管をしていた(この点につき、刑事裁判において、検察官は原告の本件火薬類の不法所持の目的及び背景事情として、原告が本件火薬類の性能を長期間にわたり劣化させないように配慮しながら所持を続け、また、中核派と深い関係を有していることを挙げて、中核派等過激派組織の武装闘争に利用する意図があったと推認できる旨の主張をし、この観点からの立証活動を展開したが、第一審及び第二審とも前記認定と同様の認定をして右検察官の主張を排斥しており、当裁判所も、これと異なる認定をするに足りる証拠を見出し得ない。)。
しかし、残火薬類の消費を要しなくなったならば、遅滞なくこれを譲渡又は廃棄する義務があり(火薬類取締法二二条)、そのために要する合理的期間の限度で火薬類の所持は適法と扱われる(同法二一条八号)が、これを徒過すれば資格なき者の不法所持にあたるものとして、刑事裁判においては火薬類不法所持(同法二一条、五九条二号)に該当するものとされた。
(五) 同罪の法定刑は、本件当時一年以下の懲役又は五〇万円以下の罰金若しくはこれらの併科であるところ、刑事裁判の第一審判決は、本件火薬類が原告がかつて適法に所持していた残火薬類を処分しないまま漫然と所持を継続したもので、他の用途に利用しようとする意思はなく、また、所持量も鳥獣捕獲登録等により無許可で譲受ができる量を超えず、必ずしも多量と評価できないこと、原告に前科がないこと等を理由として、原告に対し、罰金八万円の刑を言い渡した。
2 原告は、右刑事事件により現行犯逮捕・起訴されたが、これらの経過については、次のとおりマスコミで大きく報道された。
(一) 原告の本件火薬類所持事件については、その逮捕直後の昭和六二年二月一四日当日夕刊から翌日朝刊にかけて取り上げられ、県内で購読されている日刊新聞各紙の地方面だけでなく、全国紙の社会面にもその記事が掲載された。各記事の内容は必ずしも細部において一致しないが、おおむね、警視庁公安部が中核派により敢行された前記サミット事件に関連して全国的に同派の活動家、シンパのアジト、自宅など多数箇所を一斉に捜索し、その中の一つとして原告方が捜索の対象となったこと、その際、警察官が本件火薬類を発見したこと、警察官は、原告を火薬類の不法所持の現行犯として逮捕し、本件火薬類を押収したこと、さらに原告の自宅や焼津中央高校を家宅捜索し、機関紙やヘルメット類を押収したこと、捜査当局は、原告が中核派活動家ないしはその協力者とみており、本件火薬類の使途について追及していることなどを中心とするものであった。特に、原告と中核派組織ないしはその活動との関係については、疑問符付きで報じているものもある一方、紙面によっては原告を中核派活動家と断定したかのように受け取れる表現のものもあった。これらの記事は、各紙とも原告の顔写真入りで掲載され、多くは数段抜きの見出しをつけて比較的大きく扱われた。さらに、紙面によっては、原告の日常生活や勤務態度について、近所の住人や職場の上司、同僚、生徒などに取材し、そのコメントを報じたり、被告や学校の当日の対応について報じており、特に被告の対応としては、林教育次長の談話として「詳細は確認中であるが県教育委員会としては事実関係の判明を待って対処したい。こうした事態が発生したことに対しては非常に残念だ。」とのコメントが、被告が厳しい処分を検討中であるとの論評と併せて報じられた〔証拠略〕。
なお、同日の毎日新聞全国版最終版には、続報として本件火薬類が原告が過去にクレー射撃をしていた当時の残留火薬であることが判明した旨が報じられていたが、扱いは一段一〇数行という比較的小さなものであった〔証拠略〕。
(二) 同月一六日に至り、同日付の毎日・読売各紙の朝刊地方版に、同月一五日に原告の弁護人が原告と接見したこと、本件火薬類が原告が過去にクレー射撃をしていた当時の残留火薬であり、押収された機関紙やヘルメットも一〇数年前のもので、原告は中核派と関係がないことなどが同弁護人の談話として報じられた〔証拠略〕。また、同月一九日付の朝日・毎日・読売・中日の各紙地方版及び静岡新聞に、原告の弁護人が勾留取消の請求を裁判所にしたこと、被告人が本件火薬類の所持について右のとおり争っていること等が報じられた〔証拠略〕。
(三) 同年三月七日の原告の起訴については、同月八日付読売新聞が起訴された事実のみをごく短く掲載し〔証拠略〕、同日付静岡新聞は右1(一)(二)の経緯を総括し、鑑定の結果本件火薬類中の無煙火薬がほとんど変質していなかったこと、無煙火薬が過去に過激派の爆弾事件(横須賀線爆破事件)に使用されたこと、原告の所持していた約四〇〇グラムの火薬類が爆弾製造に使用されたならばかなりの殺傷力を有すること等を併せて報じた〔証拠略〕。
(四) その後、前記事案の概要一2(三)のとおり原告の保釈に際し検察官がした準抗告が同月一二日棄却されたことについて、同月一三日付の朝日・読売・サンケイの朝刊地方版及び静岡新聞が取り上げた〔証拠略〕。うち前三者は、検察官の準抗告の理由の要旨が本件火薬類を中核派に協力するために隠し持っていたものであり、保釈をしたならば組織を挙げて罪証隠滅を図る虞れがあるというものであったこと、これに対して、準抗告を審理した裁判所は、右検察官の主張を十分に根拠付ける証拠がこれまでの捜査によって獲得されたとはいえず、かつ今後の捜査によっても期待することができないなどとして準抗告を棄却する決定をしたことを伝えた〔証拠略〕。
3 右のような状況の中で、被告は次の経過を経て本件処分を決定した〔証拠略〕。
(一) 前記関警部は、原告を逮捕する際に原告から焼津中央高校への連絡を依頼され、原告方最寄りの公衆電話から同高校に連絡をした。被告は、当日午前九時ころ、焼津中央高校長松浦正からの報告で、本件火薬類所持事件で原告が逮捕されたことを知った。被告は、林教育次長が前記2(一)のとおりの談話を発表した。
(二) 被告は、昭和六二年三月四日、高校教育課長名で静岡地方検察庁に対し原告の本件火薬類所持事件について照会をし、同月九日付で同検察庁次席検事から前記公訴事実及び罪名罰条により起訴した旨の回答を得た。
また、被告は、起訴前から勾留中の原告に対して事実関係を聴取するための接見を求めていたが、接見禁止命令が発せられていた関係で直接の事情聴取を実施できないでいた。しかし、右検察庁からの回答に基づいて事実関係を原告に直接確認する必要があったため、同月一〇日、高校教育課主席管理主事永江史朗及び総務課管理主事(法規担当)釜田弘文が原告に接見した。永江は、逮捕の事実、日時、場所、起訴年月日、公訴事実について原告に確認したところ、原告は確認についておおむね認める返答をした。その後、原告は、永江に対して「理由は聞かないのですか。」と弁明の機会を求めたが、永江は「私たちの聞きたいのはそれだけです。」とこれを遮り、接見を終えた。接見の時間は、同日午前九時五〇分から九時五五分までの五分間であった。右接見の結果をまとめた報告書は、被告担当課員に供覧された。
(三) 原告に対する本件処分の原案は、高校教育課が作成したが、同月一四、一五日ころの教育委員会の審議で決定され、同月一七日に前記のとおり発令された。
右本件処分の決定については、本件火薬類所持事件の事実のほか、前記のようにマスコミで大きく報道されたこと、後記の原告の過去の処分歴、勤務態度は処分を決する事情として考慮した。しかし、原告と中核派等過激派との関係については、検察庁からの回答には起訴事実を超えてそのような背景事情についての記載はなかったこと、本件火薬類所持事件の捜査に当たっていた県警察本部警備部警備課からも、捜査中であることを理由に、また、起訴後については公判を傍聴してほしいとして情報の提供を受けていなかったことから、これを考慮には入れなかった。
すなわち、本件処分事由説明書及び教育長談話によっても、マスコミ報道の点を除いては原告と中核派の関係を考慮したと窺わせる部分はないところ、後記のとおりマスコミの報道も、原告の起訴、保釈に対する準抗告の時点では、原告の弁解内容や、準抗告で捜査側の過激派関連の主張が裁判所に容れられなかったこと等を比較的冷静に報道しており、これらの事情は、本件処分時には被告の担当者においても認識していたものと推認される。また、前記永江ら被告の担当職員が原告に対して事情聴取をした際の顛末に照らしても、永江らは公訴事実に関して確認しただけである。仮に中核派等の過激派との関係を処分の前提としたのであれば、上司の命を受けてその処分の資料を得るために行う事情聴取であるのだから、仮に黙秘や否認が予想されたとしても、その弁明を記録に留めるために発問するのが通常であると考えられるのに、その点についての問答はなかった(争いはない)。そうすると、本件処分の原案作成の責任者であった高校教育課長庄田武の人事委員会における、「人事担当者として推論をもとに処分を決定することは厳に慎まなければならないと考え、本件処分について中核派との関係は、一切考慮していない。」との証言も、これらの事情に照らして不自然、不合理ではないと言うべきである。その他、これを覆すに足りる証拠はない。
原告は、大々的に報道されたことを理由とし、起訴休職処分に付することなく、直ちに本件処分をした上、処分直後の教育長談話において、「強力な破壊力を持つ高性能火薬をひそかに保持していた」と決めつけていることから、本件処分が警察による、原告が中核派の秘密協力者であり、同派の武装闘争のために本件火薬類をひそかに保持していたとの誤った情報に依拠してなされたことが明らかである旨主張する。しかし、同談話中の無煙火薬の性能等に関する部分は、これらの物に対する一般人の有する認識と一致するものであると考えられ、原告の中核派との関係を前提とすることを推認させるものとはいい難い。また、「ひそかに保持していた」との部分も、同談話を通読すれば、その前段で述べられた処分事由を具体的に表現したもので、不法所持の行為の態様を事実として表現したに止まるものと解され、これをもって、原告が何らかの使用目的を有して本件火薬類を所持していたことや、原告が中核派との関係を有することを前提としてなされた記載ということもできない。
以上のとおり、被告が本件処分に当たって、原告と中核派等過激派との関係を考慮にいれていないと認められるのであるから、本件処分は右警察の誤った情報に依拠したものであるとの主張は、その前提を欠くというほかはない。
4 原告の処分歴
(一) 原告は、昭和四四年から昭和五八年までに、日本教職員組合及び静岡県高等学校教職員組合によって行われたストライキのすべてに参加し、この間減給二回(昭和四五年一月三〇日 給料月額一〇分の一減給二月間、昭和四九年一二月一九日 同減給一月間)、戒告八回(昭和四四年一〇月二〇日、昭和四六年九月一三日、昭和四八年一〇月一九日、昭和五一年七月二〇日、昭和五三年一月一四日、同年七月二〇日、昭和五四年七月二〇日、昭和五八年四月二八日)に及ぶ処分を受けている(争いがない)。
(二) 原告は、沖縄返還協定批准阻止集団暴力事件に参加して現行犯で逮捕された当時静岡県立池新田高等学校教諭金原勝を「守る会」の代表となり、昭和四六年一二月街頭において右金原の支援を呼び掛けるビラを配布し、保護者、生徒及び地域住民のひんしゅくをかう行為を行ったかどで、昭和四七年一月一三日付で文書訓告を受けた〔証拠略〕。
(三) また、原告は、昭和五九年一一月一〇日に自家用車を運転中、小学校五年生の女児と接触事故を起こし、同児に軽傷を負わせる事故を起こした〔証拠略〕が、学校長らに速やかに申し出ることをしなかった。また、右事故後の処理について被害児童の両親から直接被告に対して抗議がなされ、昭和六一年三月ころ、被告は、原告に対して口頭訓告した〔証拠略〕。
5 その他の事情
(一) 原告は、本件処分当時、高校教諭として約二七年間の経歴を有し、高教二等級三二号給を給されていた〔証拠略〕が、これは、前記ストライキ等による処分を受けたことから、同年数の経歴を有する高校教諭の平均的な給与よりも二年程度昇給の遅れがある(原告本人)ものの、昭和五七年四月以降本件処分までの間に三回にわたり特別昇給の適用を受けていること〔証拠略〕、また、原告は、二〇年を超える教員歴を有しながら、焼津中央高校において昭和六一年四月まで、学級担任に任じられていなかったが、これは、原告の授業に自習が目立ち、大学受験対策として学校の主宰する長期休暇中の補習授業に原告が協力的でないことなどから、学校長が原告に教育に対する熱意が乏しいと評価したことによるものと認められること〔証拠略〕、被告も、学校長からの毎年の勤務評定を通じて原告に対してほぼ同様の認識を有していたと推認できること、これに対し、原告は、原告なりの教育観に基づき、あえて授業において自習を課したり、補習授業に消極的な態度をとったものであること〔証拠略〕の各事実が認められる。
これによれば、原告の勤務態度が、他の教諭に比して良好であったというものではないにしても、不熱心あるいは怠慢により著しく不良であったとまで認めるに足りる証拠はない。
(二) 原告の突然の逮捕、勾留により、被告及び焼津中央高校は授業のやりくりの対応を迫られ、また焼津中央高校には、本件事件の捜査のため警察による捜索が行われたり(前記事案の概要)、多数の報道関係者が取材に訪れたり(前記2の報道内容)したことにより、それに対する応対や生徒・職員の動揺を抑えるための対応に追われた〔証拠略〕。
四 評価
1 右三に認定の事実中、1の点については、原告は、本件火薬類所持事件は、純然たる行政取締法規に違反したに過ぎず、その違法性の程度及び社会的非難の程度は極めて低く、現に刑事裁判において罰金八万円という軽い刑が言い渡されたに過ぎないのであるから、これに対して懲戒免職という最も重い処分を課するのは、社会観念上著しく合理性を欠いた裁量権の濫用である旨主張している(前記第二の二1(二))。
なるほど、火薬類取締法は、火薬類の製造、販売、貯蔵、運搬、消費その他の取扱いを規制することにより、火薬類による災害を防止し、公共の安全を確保することを目的とする(同法一条)行政取締法規であり、この種の行政取締法規における罰則は、行政目的達成のために国民に課した義務の履行を実効あらしめるために、それに必要な限度で定められるものであり、刑法的には、当該行為の社会的相当性からの逸脱に対する無価値評価としての違法性や、これに対する法的非難の程度は、比較的軽いということができる。
しかしながら、刑法的評価を離れてみるならば、火薬類は、社会通念上銃砲や麻薬・覚せい剤等と同列まではいえないにしても、銃砲の不正使用や爆発物による犯罪ないしは自然発火・爆発による災害を招く可能性のある高度の危険物として認識されているものである。もとより、事故・災害を惹起する危険をいう点においては、自動車等の運行についても同様であり、その安全な運行を確保し災害を防止するため、道路交通法、道路運送車両法等の行政取締法規が存し、その規定に違反する者に対しては火薬類取締法と同程度の法定刑を定めているところではある。しかし、火薬類取締法二条一項に該当する「火薬類」は、銃砲や麻薬等と同様に一般人が所持することは原則的には禁止されているのであって(同法二一条。マッチや花火等一般に広く利用されている火薬を使用した商品は、右「火薬類」には含まれないものである)、「火薬類」である実包、雷管や相当量におよぶ無煙火薬を一般人が広く所持しているという現状にはなく、これらは我が国においては狩猟や競技のために銃砲の所持を許可されたものにして初めてなしうるのであり、その普及の度合が右自動車の比ではないことは公知の事実である。そうすると、特段不法使用の目的がなく、適法に所持していたものを適時に処分することなく漫然と死蔵していたのであるとしても、そのようなものを法の規制に違反して長期間にわたり所持していたという事実は、一般市民に対して強い不安、不信感を与えるものであるというべきであって、これを一概に、原告が主張するように、道路交通法違反としての駐車違反や速度制限違反と同様の罰金相当の軽微な行政取締法規違反とのみ捉えるのは相当でない(なお、原告は、残火薬の所持の事実で刑事責任を追及されることは通常はない旨主張するが、甲九によっても同事実を認めるに足りず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。)。
ましてや、本件火薬類の量は、実包一一発、銃用雷管一一〇個、無煙火薬約四〇八グラムであり、無煙火薬は前記横須賀線事件における使用量の一〇倍を超えるのであって、社会一般の眼からはむしろ多量であると評価されてもまことにやむを得ない量と認められ、かつ、いずれもその本来の性能を十分に保持していたというのであるから、社会通念上その危険性が重大視されるのは当然といえる。なお、前記の転居時における荷造りの状況からすれば、原告においても、本件火薬類についてそれなりの危険性の認識を有していたものと窺われる。
そうすると、被告が本件処分に当たってこの側面を重規し、公務員としてふさわしくない非行として程度の重いものと評価したとしても、これをもって社会観念上著しく妥当を欠くとはいえないというべきである。
2 そして、原告の逮捕は、その契機となった捜索が前記のとおり過激派が敢行したサミット事件の捜査に関連するという衝撃的なものである上、それが現職の高校教諭に対するものであったことから、その過程で発見された本件火薬類自体は右サミット事件と関連するものとは当初から認められてはいなかったものの、マスコミにより大々的に報道されることとなり、これが焼津中央高校の生徒・職員はもとより、県民に大きな衝撃を与えたことは否定できない。
すなわち、原告は、現職の教諭として、次代の国民教化育成を目的とする行政作用である公教育の現場にあって直接的に生徒を教導する任務についていたのであり、教諭の職がその任務のゆえに社会の尊敬を集め、また、その職に属するものの名誉となっていることに鑑みると、現職の教諭が火薬類を不法に所持していたことによって逮捕・起訴され、そのことが報道されたことにより、広く県民に知れわたり、社会に不安や不信感を与えたことは、明らかであり、このことが教職に対する信用を損ねたものと評価することがきる。
確かに、報道内容のうち、原告の中核派との関係等については、事後的に刑事裁判を通じて否定されたのであるが、少なくとも、現職教諭である原告が、火薬類の不法所持により逮捕されたという核心部分並びにその発覚の経緯が、中核派によるサミット事件捜査に関連して中核派の活動家やシンパの自宅等に対する一斉捜索の一環として原告方が捜索されたことにあるという点については、誤りはなかったのである。そして、乙一〇の一ないし六の刑事裁判記録を検討しても、右捜索手続及び原告に対する逮捕手続に違法はなく(刑事事件の判決によってもそれが認められている。)、原告は有罪判決を受けているのであるから、原告が本件火薬類の不法所持により逮捕・起訴されたこと並びにその経緯としての右捜索手続について報道されることは、やむを得ないことであったといわざるをえない。そして、右核心部分及び発覚の経緯が報道されたこと自体だけでも社会的影響は重大であるというべきであるが、そればかりでなく、たとえ職務に直接関係しなくとも、公務員が法に触れる行為をした場合には、法規を遵守して全体に奉仕すべき責務を担っている官職全体の信用を大きく傷つけ、公務の信頼を損なうことがありうるのであるから、公務員は自重してそのような結果になることを慎重に避けるべき立場にあることをも併せ考えると、懲戒処分である本件処分において、右核心部分の事実が報道されたことについては、原告に帰責事由があり、その報道により教職に対する信用が著しく損なわれたものとして評価されたとしても、これをもって著しく不当であるということはできない。
なお、報道中には、原告が中核派活動家であると断定したと受け取れる内容のものも存したことなど、報道自体に問題があったことも否定できない。しかし、検察官は、原告による本件火薬類の所持が中核派と関係が存するとの観点から捜査を進め、その結果収集した証拠をもって、同観点から公判手続を遂行することが訴追官としての立場における合理的判断において不可能ではないと認めていたのであって〔証拠略〕、報道機関がそれらの情報のうちどれほどを取材により収集していたかは定かではないが、原告と中核派との関係について疑問を示しつつも肯定的な趣旨でなされた報道については、その当否は別としても、当時としては全く根拠のない虚構の報道であったとまでいうことはできないのであり、このことと右判示したこととを併せて考慮すると、その点の報道内容が事後的に否定されるに至ったことを十分に考慮に入れても、原告の本件火薬類の不法所持の事実が報道されたことによる社会的影響は無視できないと解される。
そして、懲戒処分が、被告人の刑事責任を行為責任の原則から判断する刑事裁判とその目的・作用を異にすることは前記のとおりであるから、本件処分において、報道されたことによる社会的影響を処分権者である被告が重視したことをもって、社会観念上著しく妥当を欠くものであり、裁量権の濫用であるということはできない。
3 原告の主張に対する補足説明
(一) 原告は、本件行為については、原告と中核派等との関係や適用法条につき、捜査側の主張と原告の主張とが真っ向から対立していたのであるから、懲戒処分は、刑事裁判の結果を待ってからなすべきであって、原告に対しては起訴休職の扱いとすべきであったのに、起訴されたに過ぎない階段で懲戒免職処分を断行したことは、裁量権の濫用に当たる旨主張する。
しかし、本件処分に際し、原告と中核派等過激派との関係が考慮されていないことは先に判示のとおりであり、また、起訴された公務員につき、懲戒処分を行う前に必ず起訴休職を経て、刑事裁判の結果を待ってから懲戒処分をしなければならない法的根拠はなく、刑事裁判の結論が出ない段階でも、起訴休職とするか懲戒処分を行うかは、処分権者の裁量の問題であるばかりでなく、刑事裁判の対象ともなっている処分事由事実の存否自体に争いがある場合は格別、本件処分においては、処分事由とされた火薬類の所持自体については、原告は被告の担当者による前記事情聴取に対してこれを認めていたのであり、処分事由事実が刑事裁判を待って初めて確定されるという、起訴休職の必要性を根拠付ける特段の事情もない。してみると、起訴休職を経なかったことをもって本件処分が裁量権の濫用に当たるということはできない。
(二) さらに、原告は、組合活動(ストライキ参加)による処分歴を考慮することは違法である旨主張する。なるほど、争議行為参加に対する処分と本件処分とは、その対象とされる行為が異質なものではあるが、これまで適法になされた処分である以上、争議行為参加を理由とする処分歴であっても、これを懲戒処分を決定する際に裁量権行使に当たっての判断の一材料として原告の不利益に参酌しても、それをもって総合活動に対する不当な差別ということはできず、何ら違法ではない。
4 結論
以上を総合して検討すると、原告の勤務成績及び態度が著しく不良というわけではなく、本件火薬類所持事件が残火薬を処分しないまま死蔵していたものに過ぎないとしても、被告が原告に対し、前示の諸事情を考慮して本件行為につき懲戒免職処分を選択したことは、恣意にわたり、あるいは合理性を欠き、社会観念上著しく妥当性を欠くとまではいえないから、本件処分は被告に認められた裁量権の範囲内にあるとするほかはない。
五 したがって、懲戒事由の存在が肯定され、かつ、処分の相当性についても裁量権の逸脱は認められないから、本件処分は適法である。
(裁判長裁判官 吉原耕平 裁判官 安井省三 前田巌)